検索条件

閉じる

検索結果 3270 件

JaLCDOI 10.18926/OER/12553
タイトル(別表記) Karl Renner "Staat und Nation" (2)
フルテキストURL oer_32_3_093_113.pdf
著者 太田 仁樹|
出版物タイトル 岡山大学経済学会雑誌
発行日 2000-11-20
32巻
3号
開始ページ 93
終了ページ 113
ISSN 0386-3069
関連URL http://www.e.okayama-u.ac.jp/~shiryou/gakkaishi.htm
言語 日本語
論文のバージョン publisher
NAID 110000130068
JaLCDOI 10.18926/OER/12547
タイトル(別表記) Karl Renner "Die Nation : Mythos und Wirklichkeit" (2)
フルテキストURL 33_1_067_080.pdf
著者 太田 仁樹|
出版物タイトル 岡山大学経済学会雑誌
発行日 2001-06-10
33巻
1号
開始ページ 67
終了ページ 80
ISSN 0386-3069
関連URL http://www.e.okayama-u.ac.jp/~shiryou/gakkaishi.htm
言語 日本語
論文のバージョン publisher
NAID 110000130088
JaLCDOI 10.18926/OER/12546
タイトル(別表記) Karl Renner 'Der Werdegang der Nation' (aus "Die Nation : Mythos und Wirklichkeit")
フルテキストURL oer_32_4_233_253.pdf
著者 太田 仁樹|
抄録 オーストリア第二共和国の初代大統領カール・レンナーは,1950年に死去した。死後間もなく3巻の『遺稿集』が出版されたが,民族問題に関する遺稿『民族:神話と現実』はそこに収録されなかった。この遺構は,「偶然に本を発見」に述べられているような経緯で,1964年にジャック・ハナクによって編集され,出版された。ここに訳出した「民族の生い立ち」はこの遺構の第一論文である。1899年,『国家と民族』によって,当時ではまったく独自な民族問題把握を提示したレンナーの,最晩年の民族問題論として検討に値するものである。この論文の理解を助けるものとして,ハナクによる「偶然に本を発見」と題する解説とレンナー自身による「序言」をも訳出しておく。訳出の底本は,Karl Renner, Die Nation: Mythos und Wirklichkeit, Manuskript aus dem Nachlass, Herausgegeben von Jacques Hannak, Mit einer Einleitung von Bruno Pittermann, Europa Verlag, Wien, 1964. である。
出版物タイトル 岡山大学経済学会雑誌
発行日 2001-03-10
32巻
4号
開始ページ 233
終了ページ 253
ISSN 0386-3069
関連URL http://www.e.okayama-u.ac.jp/~shiryou/gakkaishi.htm
言語 日本語
論文のバージョン publisher
NAID 110000130079
JaLCDOI 10.18926/OER/12539
タイトル(別表記) Karl Renner "Die Nation : Mythos und Wirklichkeit" (3)
フルテキストURL 33_2_049_059.pdf
著者 太田 仁樹|
出版物タイトル 岡山大学経済学会雑誌
発行日 2001-09-10
33巻
2号
開始ページ 49
終了ページ 59
ISSN 0386-3069
関連URL http://www.e.okayama-u.ac.jp/~shiryou/gakkaishi.htm
言語 日本語
論文のバージョン publisher
NAID 110000130105
JaLCDOI 10.18926/OER/12531
タイトル(別表記) Karl Renner "Die Nation : Mythos und Wirklichkeit" (4)
フルテキストURL 33_3_067_083.pdf
著者 太田 仁樹|
出版物タイトル 岡山大学経済学会雑誌
発行日 2001-12-10
33巻
3号
開始ページ 67
終了ページ 83
ISSN 0386-3069
関連URL http://www.e.okayama-u.ac.jp/~shiryou/gakkaishi.htm
言語 日本語
論文のバージョン publisher
NAID 110000130113
JaLCDOI 10.18926/OER/12510
タイトル(別表記) Karl Renner "Die Nation : Mythos und Wirklichkeit" (5)
フルテキストURL 33_4_067_083.pdf
著者 太田 仁樹|
出版物タイトル 岡山大学経済学会雑誌
発行日 2002-03-10
33巻
4号
開始ページ 67
終了ページ 83
ISSN 0386-3069
関連URL http://www.e.okayama-u.ac.jp/~shiryou/gakkaishi.htm
言語 日本語
論文のバージョン publisher
NAID 110000130118
JaLCDOI 10.18926/OER/12487
タイトル(別表記) On the Translations of Otto Bauer's "Die Nationalitätenfrage und die Sozialdemokratie"
フルテキストURL 34_1_017_027.pdf
著者 太田 仁樹|
出版物タイトル 岡山大学経済学会雑誌
発行日 2002-06-10
34巻
1号
開始ページ 17
終了ページ 27
ISSN 0386-3069
関連URL http://www.e.okayama-u.ac.jp/~shiryou/gakkaishi.htm
言語 日本語
論文のバージョン publisher
NAID 110000130119
JaLCDOI 10.18926/OER/12472
タイトル(別表記) Karl Renner"Das Selbstbestimmungsrecht der Nationen in besonderer Anwendung auf Oesterreich" (10・Ende)
フルテキストURL 36_3_091_107.pdf
著者 太田 仁樹|
出版物タイトル 岡山大学経済学会雑誌
発行日 2004-12-10
36巻
3号
開始ページ 91
終了ページ 107
ISSN 0386-3069
関連URL http://www.e.okayama-u.ac.jp/~shiryou/gakkaishi.htm
言語 日本語
論文のバージョン publisher
NAID 120002304877
JaLCDOI 10.18926/OER/12471
タイトル(別表記) On the Logic of "Die Nationalitätenfrage und die Sozialdemokratie" by Otto Bauer
フルテキストURL 35_3_019_037.pdf
著者 太田 仁樹|
抄録 The greatest contribution in "Die Nationaltaetenfrage und die Sozialdemokratie" by Otto Bauer" is the explanation of generation and development of nation including "waking of peoples without history". The contents which should be called the renovation (or reconstruction) of the historical materialism by Bauer are developed. The logic of development of nation is making the nation essence theory in a wide sense with the nation essence theory in a narrow sense (= "definition of nation"). The conventional researches took only "definition of nation" without referece to others ,and abandande themselves to inquiry of definitions. Such attitudes should be reconsiderd. Although Bauer included the logic of national development in historical materialism,he did not necessarily succeed in adjusting it to the Marxian historical materialism centering on class struggle. Since the logic of class struggle was restraining the logic of national development from the outside in Bauer's explantaion, he could not solve an actural complicated tangle of class and nation. There is a problem in connection with the limit of Marxism which understands history centering on class struggle. By taking out the logic of national development, Bauer could show the limit of Marxism clearlier than anyone. In spite of including personal national autonomy policy which Karl Renner proposed, Bauer's national policy is ecletic and also includes the territorial national autonomy policy of "Brünner Programm". In grounding the personal national autonomy policy Bauer also followed Renner, and his originality is not found. Bauer's ecletic position corresponds to the disregard to Renner's view of law and state. Such theoretical background of Bauer has relevance to his prompt abandonce of personal national autonomy policy during the World War. We cannot ask for theoretical grounding of a personal national autonomy policy in Bauer. It will be necessary to reconsider Austrian national theory in a broader perspective.
出版物タイトル 岡山大学経済学会雑誌
発行日 2003-12-10
35巻
3号
開始ページ 19
終了ページ 37
ISSN 0386-3069
関連URL http://www.e.okayama-u.ac.jp/~shiryou/gakkaishi.htm
言語 日本語
論文のバージョン publisher
NAID 120002304874
JaLCDOI 10.18926/OER/12453
タイトル(別表記) Rudolf Springer [Karl Renner] “Der Kampf der Oesterreichischen Nationen um den Staat” Erster Theil : Das nationale Problem als Verfassungs= und Verwaltungsfrage. (2)
フルテキストURL 37_4_037_049.pdf
著者 太田 仁樹|
出版物タイトル 岡山大学経済学会雑誌
発行日 2006-03-10
37巻
4号
開始ページ 37
終了ページ 49
ISSN 0386-3069
関連URL http://www.e.okayama-u.ac.jp/~shiryou/gakkaishi.htm
言語 日本語
論文のバージョン publisher
NAID 120005817247
JaLCDOI 10.18926/OER/12446
タイトル(別表記) Rudolf Springer [Karl Renner] “Der Kampf der Oesterreichischen Nationen um den Staat” Erster Theil : Das nationale Problem als Verfassungs= und Verwaltungsfrage. (1)
フルテキストURL 37_3_107_136.pdf
著者 太田 仁樹|
出版物タイトル 岡山大学経済学会雑誌
発行日 2005-12-10
37巻
3号
開始ページ 107
終了ページ 136
ISSN 0386-3069
関連URL http://www.e.okayama-u.ac.jp/~shiryou/gakkaishi.htm
言語 日本語
論文のバージョン publisher
NAID 120005817246
JaLCDOI 10.18926/OER/12426
タイトル(別表記) Ablösungen der Grundlasten auf dem westsächsischenRittergut Limbach (6)
フルテキストURL 39_1_047_073.pdf
著者 松尾 展成|
抄録 第1節 ザイデルによる領主制地代償却協定の翻刻(本誌37巻,3号) 第2節 全国委員会文書第1659号(本誌38巻,1号) 第3節 全国委員会文書第1660号 第4節 全国委員会文書第8173号(本誌38巻,2号) 第5節 全国委員会文書第902号 第6節 全国委員会文書第1163号(本誌38巻,3号) 第7節 全国委員会文書第6470号 第8節 全国委員会文書第6834号(本誌38巻,4号) 第9節 全国委員会文書第10677号 (1) 貨幣貢租義務者全員の氏名とその不動産および各種貨幣貢租額 (2) 貨幣貢租額と貨幣貢租想定償却一時金額の合計
出版物タイトル 岡山大学経済学会雑誌
発行日 2007-06
39巻
1号
開始ページ 47
終了ページ 73
ISSN 03863069
言語 日本語
著作権者 岡山大学経済学会
論文のバージョン publisher
NAID 120002304792
JaLCDOI 10.18926/OER/12417
タイトル(別表記) Jeong Seong Jin “A Critique of Lenin’s Economics”
フルテキストURL 39_2_087_110.pdf
著者 太田 仁樹|
抄録 「レーニンを反復するということは,レーニンに復帰することを意味するのではない。レーニンを反復するということは,「レーニンは死んだ」という事実を認定すること,その特定の解法が失敗したということ,失敗でも,途方もなく失敗したという事実を認識すること,しかし,その中に救い出す価値があるユートピア的火花が存在するという事実を認識することである。レーニンを反復するということは,レーニンが実際にしたことと,彼が開いた可能性の領域を,レーニンから,彼が実際にしたことと,さらに別の次元,すなわち「レーニンの中にあるレーニン以上のもの」を区別しなければならない,ということを意味している。レーニンを反復するということは,レーニンがしたことを反復するということではなくて,レーニンができなかったこと,彼が逃した機会を反復するということである。
出版物タイトル 岡山大学経済学会雑誌
発行日 2007-09
39巻
2号
開始ページ 87
終了ページ 110
ISSN 03863069
言語 日本語
著作権者 岡山大学経済学会
論文のバージョン publisher
NAID 120002304812
JaLCDOI 10.18926/OER/12415
タイトル(別表記) Ablösungen der Grundlasten auf dem westsächsischenRittergut Limbach
フルテキストURL 39_2_069_085.pdf
著者 松尾 展成|
抄録 第1節 ザイデルによる領主制地代償却協定の翻刻(本誌37巻3号) 第2節 全国委員会文書第1659号(本誌38巻1号) 第3節 全国委員会文書第1660号 第4節 全国委員会文書第8173号(本誌38巻2号) 第5節 全国委員会文書第902号 第6節 全国委員会文書第1163号(本誌38巻3号) 第7節 全国委員会文書第6470号 第8節 全国委員会文書第6834号(本誌38巻4号) 第9節 全国委員会文書第10677号(本誌39巻1号) 第10節 封建的諸義務償却一時金の種目別・村別合計額 (1) 封建的諸義務償却一時金の6種目別合計額 (2) 封建的諸義務償却一時金の合計額
出版物タイトル 岡山大学経済学会雑誌
発行日 2007-09
39巻
2号
開始ページ 69
終了ページ 85
ISSN 03863069
言語 日本語
著作権者 岡山大学経済学会
論文のバージョン publisher
NAID 120002304785
JaLCDOI 10.18926/OER/12410
タイトル(別表記) Ablösungen der Grundlasten auf dem westsächsischenRittergut Limbach (5)
フルテキストURL 38_4_051_073.pdf
著者 松尾 展成|
抄録 第1節ザイデルによる領主制地代償却協定の翻刻(本誌37巻3号) 第2節全国委員会文書第1659号(本誌38巻1号) 第3節全国委員会文書第1660号 第4節全国委員会文書第8173号(本誌38巻2号) 第5節全国委員会文書第902号 第6節全国委員会文書第1163号(本誌38巻3号) 第7節全国委員会文書第6470号 (1)保有移転貢租義務者全員の氏名と不動産および保有移転貢租償却地代額 (2) 保有移転貢租償却地代額・償却一時金額の合計 第8節全国委員会文書第6834号
出版物タイトル 岡山大学経済学会雑誌
発行日 2007-03
38巻
4号
開始ページ 51
終了ページ 73
ISSN 03863069
言語 日本語
著作権者 岡山大学経済学会
論文のバージョン publisher
NAID 120002304837
JaLCDOI 10.18926/OER/12408
タイトル(別表記) An Essay on Comparative Case Analyses in Management Studies, Part I.
フルテキストURL 38_4_039_050.pdf
著者 藤井 大児|
抄録 本稿は,経営学の分野で,比較事例分析という研究方法が,どのように理論産出に貢献しうるかを考察することを目的とした作業の一部である。 経営学の文脈では,実証的研究方法として事例研究が頻繁に実施されている。しかしながら,成果として提出される理論がどの程度妥当なものと認められ得るのかについて,常に批判に晒されるリスクを負っている。単純ではあるけれども,もっとも強力な批判の矛先は,ごく少数の事例を見ただけ では,仮説の検証という意味では心もとない,というその一点に向けられている。確かに事例研究に対する擁護者は存在するけれども,投稿論文でも「仮説」という用語を論文に用いるや否や,匿名査読者から例外なく容赦ない批判を浴びせられるのが現実である。 そもそも事例研究は,仮説の普遍的妥当性を主張するものではない。登場する行為者の目的や動機,さらに行為者間の相互作用過程にまで踏み込んだ,内部一貫した論理展開を行うことのほうが,経営現象をより深いレベルで理解できるはずだという認識が,その主張の根底に流れている。事例分析を行う研究者は,仮説の検証ではなくて,理論産出を目指すのが良いと言い換えられるかもしれない。この目的に照らせば,既存の研究蓄積との対比で問題が提起され,理論的主張に対して事例記述が例証と位置づけられることによって,事例研究は成り立つことになる。 ただしその主張にたどり着くまでの調査過程で,どのような問題を提起し,どのような主張を展開すべきなのかに迷ってしまうことがある。というのは,しばしば事例記述のためのデータ収集には長い時間と多大な労力がかかるために,どこに向かうべきなのか「腹を括る」よりも前に実質的な試行 錯誤を始めざるを得ないからである。 毎日図書館に通って,高度経済成長の最中に出版された(しかも開けばまだ真新しい)新聞の縮刷版をひっくり返したり,やっとの思いでキー・パーソンへのアクセスがかなったにも拘わらず,気の利いた質問のひとつもぶつけられずに悔しい思いをしたり,調査協力者に内容確認を依頼した結果,公表を辞めるよう求められたり,どこに向かうとも知れない憂鬱な作業は続く。さらにその事例については他の誰よりも詳しく通じてしまった結果,理論的な整理が付かないまま膨大な事実を草稿の中で列挙してしまうというのも,多かれ少なかれ誰にでもあり得る。これらのことが定性的な研究方法は「職人仕事」であると皮肉られる理由にもなっており,とくに仮説検証を重視する人々にとっては,追試可能性の低さと結びつけて,格好の批判材料を提供することになる。本稿の意図が,こうした見解に加担することではないのは言うまでもない。しかしながら,筆者自身が事例研究を行う立場だからこそ,それがあまりに感性とか根性論に訴えねばならないもののように思われて,歯がゆい思いをすることも多いのである。 以上のような試行錯誤のプロセスは,研究者として駆け出しの間は当然避けられないものだけれども,標準的とは言わないまでも「何かしら有意義な理論の産出に辿りつくまでに最低限やっておくと良いこと」という意味での研究作法があればこそ,研究者コミュニティ全体での知識の効率的蓄積が可能というものである。その研究作法が,産出された理論の確からしさを一定程度保証してくれる方法論的配慮がなされたものであれば,より望ましい。 ここで有用なアドバイスが,グレイザー・シュトラウス(1967)に求められる。理論産出に主眼を置き,「理論的サンプリング」による絶えざる比較法を用いることで,研究者の着眼は理論的にも有 意味な構成概念へと昇華させることができると示唆されている。理論的サンプリングとは,まず十分な分散を確保したデータがあることを前提としたランダムサンプリングとは対照的に,理論的に有意義と考えられる比較対象を分析者が意図的に選択し,比較分析を何度も繰り返すことで,新たな構成 概念を発見するというものである。 ただし残念なことに,この文献は一読して理解できるという性質のものではない。読者が自らの経験や知識を当てはめながら少しずつ解釈を加えていかないことには,著者の豊かな含意を捉え損なうものである。そこで筆者は,いくつか参考になりそうな文献を渉猟しながら,比較作業が理論の産出 という研究作業にどのような指針を与え,最終的な理論的主張に対して方法論的な正当性をどのように与えうるのかを議論することにした。 筆者自身は経営学を専攻としており,グレイザーらは医療現場を分析対象としている社会学者であるので,両者の認識ギャップを埋める作業は容易ではない。いくらか遠回りのようではあるけれども,まず本稿では経営学者としてグレイザーらの所論に依拠しつつ,実際に比較事例研究を実践した 研究者の著作に当たることから始めようと考えている。続いて次稿以降では,グレイザーらの研究領域である医療現場の社会学を対象にして,彼らの意図するところをより深く掘り下げていくことを予 定している。最終的には,筆者自身の立場を明らかにする作業が必要になるけれども,それはもう少し先のこととなろう。 本稿は,いわば先人の研究実践を事例研究することを通じて,筆者なりの研究作法を探る試行錯誤プロセスの一環であり,相撲で言えばぶつかり稽古のようなものである。
出版物タイトル 岡山大学経済学会雑誌
発行日 2007-03
38巻
4号
開始ページ 39
終了ページ 50
ISSN 03863069
言語 日本語
著作権者 岡山大学経済学会
論文のバージョン publisher
NAID 120002304919
JaLCDOI 10.18926/OER/12405
タイトル(別表記) Ablösungen der feudalen Grundlasten auf dem südsächsischen Rittergut Purschenstein (1)
フルテキストURL 39_3_057_100.pdf
著者 松尾 展成|
抄録 第1節全国償却委員会文書第1852号 (1) 貢租償却協定 (2) 償却年地代・一時金合計額 第2節全国償却委員会文書第1853号 第3節全国償却委員会文書第1892号 (1) 賦役・貢租償却協定 (2) 償却年地代・一時金合計額 第4節全国償却委員会文書第2023号 (1) 賦役・貢租償却協定 (2) 償却年地代・一時金合計額 第5節全国償却委員会文書第2024号 (1) 賦役・貢租償却協定 (2) 償却年地代・一時金合計額 第6節全国償却委員会文書第2025号 (1) 賦役償却協定 (2) 償却年地代・一時金合計額
出版物タイトル 岡山大学経済学会雑誌
発行日 2007-12
39巻
3号
開始ページ 57
終了ページ 100
ISSN 03863069
関連URL http://eprints.lib.okayama-u.ac.jp/13171/
言語 日本語
著作権者 岡山大学経済学会
論文のバージョン publisher
NAID 120002304807
JaLCDOI 10.18926/OER/12403
タイトル(別表記) On the History of Marxist Theories(XV)
フルテキストURL 39_3_043_056.pdf
著者 太田 仁樹|
抄録 本シリーズでレーニン研究をとり上げるのは,1999年の第10回「岡田和彦著『レーニンの市場と計画の理論』によせて」以来2回目である。先稿の冒頭において,日本のレーニン研究の状況について,つぎのように述べた。「「レーニン研究」と称して,自らの政治的プロパガンダをおこなおうとする著作は汗牛充棟であるが,日本の学界はレーニンを対象とする研究を数えるほどしか産出していない」(太田[1999],53)。その後8年を経過したが,レーニンを対象とする本格的な学問的研究が日本でほとんどなされていない状況はそれほど変わっていない。しかしながら,レーニン没後80年の2004年前後には,レーニンについて一部で語られる状況が現われた。上島武・村岡到編の論文集『レーニン:革命ロシアの光と影』(上島・村岡編[2005])は,2004年におこなわれたレーニン没後80年を記念するシンポジウムをもとにした著作であるが,レーニンを論ずると称して自らの政治的見解を開陳することに終始する従来型の論考も見られる。今回の「レーニン論」の若干の特徴は,かつてのレーニン礼賛の裏返しとして,レーニンに対する罵倒を重ねているが,歴史的存在としてレーニンを理解しようとする姿勢がなく,レーニンを理解するべく蓄積された研究史を踏まえず,「現代的な意義」の否定に躍起になっているところにある。方向は逆向きであるが,かつての状況の繰り返しである。ただし,この論集には森岡真史「レーニンと「収奪者の収奪」」のような本格的な研究の成果も含まれている点で今後の学問的研究の発展につながる可能性もある。同年に出版された長原豊・白井聡編の論集『別冊情況特集レーニン〈再見〉:あるいは反時代的レーニン』(長原・白井編[2005])は,外国人の論考を訳出し日本人の論考も加えた論集であるが,崎山政毅「ラテンアメリカ〈と〉レーニン」などを除けば,歴史的な存在としてのレーニンにこだわることなく,「現代」に関する自らの見解を展開したものであり,1970年代にはよく見られたスタイルの著作になっている。この意味で「反時代的」な著作となっているが,学問的研究の成果に背を向けている点では伝統的な論文集といえよう。ほぼ同じ時期に,韓国の雑誌『マルクス主義研究』第2号は「レーニン主義の現在性」という特集を組み,編集長のチョン・ソンジン自身が「レーニンの経済学批判」( [2004])という論考で、レーニンの経済理論について批判的な検討をおこなっている。チョン論文は,レーニンの理論の現代的妥当性をの存否を検証しようとするものであるが,歴史的存在としてのレーニンに関する先行する学問的研究を踏まえ,先行研究にたいして自説を対置するという,オーソドックスな手法によりレーニン理解を一歩進めようとするものであり,上記の2論集に含まれる研究史を無視した現代性の否定や称揚とは一線を画するものであり,学問的レーニン研究の前進に裨益するものである。白井氏の著作は,日本でひさびさに現われたレーニンに関する単著である。白井氏は上記の『別冊情況』の編者でもあり,レーニンの現代性を称揚する立場に立つ点で,伝統的レーニン論者の一タイプであるといえる。この著作もレーニン礼賛本の一種と言ってよいが,従来の礼賛本とは異なったものが見受けられ,レーニン受容の現代的特徴を示すものとなっている。
出版物タイトル 岡山大学経済学会雑誌
発行日 2007-12
39巻
3号
開始ページ 43
終了ページ 56
ISSN 03863069
言語 日本語
著作権者 岡山大学経済学会
論文のバージョン publisher
NAID 120002304769
JaLCDOI 10.18926/OER/12401
タイトル(別表記) Ablösungen der Grundlasten auf dem westsächsischen Rittergut Limbach (4)
フルテキストURL 38_3_033_056.pdf
著者 松尾 展成|
抄録 第1節ザイデルによる領主制地代償却協定の翻刻(本誌37巻3号) 第2節全国委員会文書第1659号(本誌38巻1号) 第3節全国委員会文書第1660号 第4節全国委員会文書第8173号(本誌38巻2号) 第5節全国委員会文書第902号 (1) 建築賦役義務者全員の氏名とその不動産 (2)建築賦役償却協定本文 (3)建築賦役償却地代額・償却一時金額の合計 第6節全国委員会文書第1163号 (1)賦役義務者全員の氏名とその不動産 (2)賦役償却協定本文 (3)賦役償却地代額・償却一時金額の合計
出版物タイトル 岡山大学経済学会雑誌
発行日 2006-12
38巻
3号
開始ページ 33
終了ページ 56
ISSN 03863069
言語 日本語
著作権者 岡山大学経済学会
論文のバージョン publisher
NAID 120002304892
JaLCDOI 10.18926/OER/12399
タイトル(別表記) On the Industries in Okayama Prefecture before the First World War
フルテキストURL 38_3_023_032.pdf
著者 下野 克已|
抄録 本稿は1914年12月に岡山県が刊行した『大正二年岡山県統計書』を中心として,第一次世界大戦前の岡山県の諸産業および工業生産の状態とその中で倉敷地域の主として工業生産の特徴とを考察しようとするものである。ここで倉敷地域というのは,20世紀末期の倉敷市域に該当する地域部分を想定しており,従来の都窪郡の主要な部分と児島郡の西の部分と浅口郡の東の部分とを含んでいる地域を意味している。研究・執筆作業の遅い筆者なので完成までにはもう少し時間がかかるであろうが,本稿は次のような企図の下での一つの整理・分析作業である。 1989年から2005年まで『新修倉敷市史』の編纂と執筆を行うために組織された「倉敷市史研究会」の近代・現代部会に参加する機会を倉敷市によって与えられた筆者は,部会の一員として通史編3巻と資料編2巻との編纂作業に加わった。そして2004年3月刊行の『新修倉敷市史第6巻近代 (下)』と2005年3月刊行の『新修倉敷市史第7巻現代』とでは,第一次世界大戦期から2000年頃までの倉敷地域の工業・地場産業に関する部分を直接に執筆する機会が与えられた。全体像として完成させるためにはおそらくもう一つ別に20世紀初頭の岡山県と倉敷地域の工業生産とに関する研究ノートが必要になるのではないかと思っているが,それとあわせて本稿でも第一次世界大戦以前の20世紀初期の岡山県と倉敷地域の工業生産の状態を考察することによって,全体として『倉敷地域の20世紀の工業発展』(仮題)という形で研究をまとめていく作業を考えている。その主要な作業内容は,時期によっては全国統計である『工場統計表』も用いることがあるかもしれないが,すでに『新修倉敷市史』で行った『岡山県統計書』と『岡山県統計年報』とを中心にした統計数値などの整理・分析作業とそれを踏まえた歴史的な考察・叙述作業とを改めて検討・充実させることが,その主要な作業の内容となるであろう。 本稿の中心的な整理・分析作業の対象となっている『大正二年岡山県統計書』では,幸いなことに『新修倉敷市史第6巻近代(下)』の「第三章第一次大戦と近代産業」の主として「第一節 重化学工業の成長」で筆者が行った統計数値の整理・分析作業とほぼ同様な作業を行うことが出来る 様式(品目など細部では異なっているとしても)で記載されていた。残念ながら,それ以前の『岡山県統計書』ではとくに農業から工業にいたる産業別生産額とその総額が記載されていなかったり,工業生産の記載様式が異なったりしているために,別稿として予定している「20世紀初頭の岡山県の工 業生産」(仮題)では,やや異なった整理・分析が必要となるであろう。そこで本稿では,この『大正二年岡山県統計書』を中心としつつも明治40年代の『岡山県統計書』から工業生産物(以下では工業製品と記すことが多い)の生産価額に関する数値も補って,第一次世界大戦前の1910年前後の岡山県および倉敷地域に関係する3郡を中心とした産業別(この時期は農産物・畜産物・水産物・林産物・鉱産物・工産物とに別けてあった)生産物価額とその総額および主要な工業製品(この時期には水産物として記載されていた食塩も本稿では含めている)の生産価額の動向・特質を,整理・分析しようと考えている。 つまり本稿の第一の課題は,第一次世界大戦期以後の岡山県と倉敷地域とにおける各産業(農業・畜産業・水産業・林業・鉱業・工業の建設業を除いた第一次産業と第二次産業との諸部門)の生産額と主要製品を中心とする工業の生産額とで工業を中心とする産業生産の状態とを連続的・対比的に考 察することが出来るように,1909年から1913年までの第一次世界大戦直前の各産業の生産額と主要製品を中心とする工業の生産額とを整理・分析することである。そして第二の課題は,岡山県と倉敷地域とが第一次世界大戦期以後になると産業生産総価額において工業生産額が中心となるいわば「工業県」的状態の性格になっていくのに対して,第一次世界大戦直前のこの期間は農業生産額が中心である第一次産業の生産額がまだ過半数を占めているいわば「農業県」的状態の性格であったことを明確に整理・分析することである。
出版物タイトル 岡山大学経済学会雑誌
発行日 2006-12
38巻
3号
開始ページ 23
終了ページ 32
ISSN 03863069
言語 日本語
著作権者 岡山大学経済学会
論文のバージョン publisher
NAID 120002304898