近代日本における西洋教育の日本教育への影響を考察し,とくに世界で伝播のあったモニトリアル・システム(助教法)の日本教育における位置を検討する。19世紀後半は,近世の寺子屋の時代から近代の小学校の時代への転換期であった。国民教育の場としての小学校が整い,男女が就学する状況の形成があった。この過程において,日本がアメリカ経由で受容した一斉教授は,教師が教室で教授する方法であった。助教を用いる方法ではなかった。本稿は,近代日本ではモニトリアル・システムを基本的には経験しない展開と,一斉教授を行う教師の養成があったことを論じるものである。