児島郡福田新田堤外大川水尾筋見取絵図

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文庫名 池田家文庫
資料種別1 古文書
資料種別2 池田家
絵図分類名 普請図 T7
資料番号 T7-103
標題 児島郡福田新田堤外大川水尾筋見取絵図
旧題 児島郡福田新田絵図
年代(和暦) 天明8年7月
年代(西暦) 1788
サイズ(縦cm x 横cm) 82.3 x 117.5
作成者 未詳
注記 (端裏貼紙)「福田新田村」、(朱)「記三十四号、郡方、四十四番」、「故郡方」、(朱)「明治八年三月改」、*備前国
備考 絵図との関連は不明だが、切れ端(紙片)があるので同封している
特記 児島郡福田新田堤外大川水尾筋見取絵図/天明申年七月
数量 1枚
高精細画像 https://repo.lib.okayama-u.ac.jp/zoomify/T7-103.html
高精細フラグ 高精細画像あり
利用条件 http://www.lib.okayama-u.ac.jp/collections/kicho_tetsuduki.html
説明 東松山川中洲の流作場(堤の外に作られた不安定な耕地)は、児島方福田村と備中連島方との請作地になっていた。その中州の先にさらに草生地が広がっている様子が付紙で示されている。見分したのは岡崎与一左衛門。付洲に設けられた関(堰)が朱で示され、長さが付紙に記されている。備中側に貼られた大きな付紙は、連島側から散洲を結んで川中を堰きとめていることを示している。児島方から付洲・中洲の開発を計画した時の絵図。