JaLCDOI 10.18926/bgeou/49368
タイトル(別表記) Der Nationalsozialismus und die Rechtsgeschichte -Das Beispiel Karl August Eckhardt-
フルテキストURL 106_005_013.pdf
著者 平田 公夫|
出版物タイトル 岡山大学教育学部研究集録
発行日 1997
106巻
1号
開始ページ 5
終了ページ 13
ISSN 0471-4008
言語 Japanese
論文のバージョン publisher
NAID 110000129314
JaLCDOI 10.18926/bgeou/10184
フルテキストURL 106_0301_0306.pdf
著者 稲田 利徳|
抄録 一.本稿は耕雲の紀行文「耕雲紀行」の注釈である。一.底本は東京大学史料編纂所蔵本(貴41.2)で、次の方針に従って校訂本文を作成した。(1)漢字・仮名を原則として通行の字体に変え、新字体のある漢字はそれを用い、獨点、句読点を施した。(2)底本の仮名を漢字に改めた場合は、表記を改めた本文の右側に、もとの仮名を記した。漢字の訓みを()の内に示したものである。(3)仮名遣いは原文のままとし、送り仮名を補った場合は()内に記した。また歴史的仮名遣いと一致しない場合は、()を付して歴史的仮名遣いを傍記した。ただし、仮名に漢字を宛てた場合は、これを省略した。(4)反復記号は底本のままとし、踊り字の場合はもとの仮名に直し、右側に「ゝ」を付した。(5)底本の丁数などを省略し、本文も適宜改行した。(6)虫損などで判読するのに、やや支障をきたす個所は□とし、その中に推定した文字を記した所もある。(7)本文の不審な所には、(ママ)を付した。(8)全体を適当な個所で区切り、通し番号と内容に即した見出しを付した。一.注釈は〔本文〕〔語釈〕〔通釈〕〔考〕の順序で進める。一.「耕雲紀行」の翻刻を御許可くださった東京大学史料編纂所に対し、厚くお礼を申し上げます。
出版物タイトル 岡山大学教育学部研究集録
発行日 1997
106巻
1号
開始ページ 1
終了ページ 6
ISSN 0471-4008
言語 Japanese
論文のバージョン publisher
NAID 110000129332
JaLCDOI 10.18926/bgeou/10177
フルテキストURL 106_0149_0156.pdf
著者 山中 芳和|
抄録 尾張地方において、国学が普及する上で大きな勢力をもっていたのは、田中道麿とその社中であり、彼らは宣長が寛政元年に名古屋へ出講する以前から国学の学びを展開していた。天明4年に道麿は死去するが、その後は、道麿社中の主な人々は宣長に入門した。こうした状況の中で、宣長が名古屋に出講し、漸次門人の増加をみた。尾張地方のこれら宣長門人たちは、その内の幾人かが会集し、連絡を取り合っていくなかで次第にまとまりができ、名古屋社中としての組織が形成されていった。こうした鈴屋の社中の基本的な性格としては、「社中は地方在住の門人が相互に連絡し、便宜を図るための組織として誕生したもので、鈴の屋塾からの情報の伝達はもちろん、通信教育のさいの往復書簡の集配や授業料の一括納入などに活躍したが、一方ではまた、時おり集会して勉強するための組織でもあった。」といってよいであろう。その際、各地に散在する宣長門人がこのような社中としてまとまっていくには、鈴屋と彼らの間に介在して世話役を務め、門人の組織化を進める中心的な人物が存在して初めて可能になる。本稿では、このような世話役の存在に注目して名古屋社中の形成の過程をたどり、次いで、宣長没後も名古屋社中において指導的な役割を果たした植松有信(宝暦8年[1758]~文化10年[1813])を中心として名古屋社中としての「国学」学びの様相を考察していきたい。
キーワード 国学 尾張地方 田中道麿 植松有信
出版物タイトル 岡山大学教育学部研究集録
発行日 1997
106巻
1号
開始ページ 149
終了ページ 156
ISSN 0471-4008
言語 Japanese
論文のバージョン publisher
NAID 110000129325
JaLCDOI 10.18926/bgeou/10173
フルテキストURL 106_0119_0131.pdf
著者 髙塚 成信|
出版物タイトル 岡山大学教育学部研究集録
発行日 1997
106巻
1号
開始ページ 119
終了ページ 131
ISSN 0471-4008
言語 Japanese
論文のバージョン publisher
NAID 110000129322