(1) ダイコクネズミ及びヒト,ネコの小脳について,乳酸脱水素酵素(LDH),コハク酸脱水素酵素(SDH),α-グリセロ燐酸脱水素酵素(α-GPDH)活性を組織化学的に検索した. SDH,α-GPDHの検出にあたつてはintermediatorとしてmenadione (MD)を反応液に添加した. 新鮮凍結クリオスタット切片にて,LDHは顆粒層の“gloneruli cerebellosi”に相当して最も強く,分子層ではformazan顆粒はびまん性に形成されて反応は顆粒層よりやや弱くPurkinje細胞(P-細胞)は核を除いて細胞体に強度~中等度の活性を示し,白質には活性はほとんど証明されなかつた. SDHは全体としてLDHの反応態度に似た像を示し,顆粒層に最も強く,ついでP-細胞層,分子層の順で活性が認められ,白質にはほとんど証明されなかつた. α-GPDH反応は,顆粒層,分子層においてはLDH, SDHとほぼ同じであるが,P-細胞層にはformazanの形成がほとんどなく,あたかも顆粒層と分子層の間に空隙がある様な像を示した.白質には活性はほとんど証明されなかつた,これらの所見は,これまでの報告にほぼ一致するものである. (2) 上記酵素活性の検出にあたり,新鮮凍結クリオスタット切片とともに,同一材料について組織塊をまず10%冷フォルマリンで固定した後に作製した凍結切片をあわせて使用した. SDH,α-GPDH, LDHともに反応は全般に減弱されるが,LDHの反応の減弱の度合は他の2者にくらべて少ないようであつた.
ここで注目すべきことは,非固定切片のP-細胞層において,α-GPDHの活性がほとんど認められなかつたにもかかわらず固定切片のP-細胞には反応が認められ,しかもformazan形成は他の部よりもむしろ強度であつた点である.この事実は酵素組織化学における方法の選定や結果の判定にあたつては常に慎重な配慮が要求されることを示す現象であるとみなされ,この点に着目し特に固定の問題をめぐつて諸種の条件を実験的に設定してしらべた. (3) フォルマリン固定切片における反応には, i) 固定時間の長さによる著明な差異がみられない. ii) pHの変化による影響が少ない. iii) 特異的抑制剤による影響がみられない. iv) MDの存在が不可欠である. v) SH-基の関与がある. vi) Nitro-BTの組織への吸着性の増強が関連している. ということを認めた. このことからフォルマリン固定切片に見られる反応は,Nitro-BTの組織蛋白との結合性を前提とて,SH-groupとMDとが関与している非酵素的作用の結果であることを推論した. (4) 小脳組織でP-細胞が他の細胞要素と異なり,非固定切片においてα-GPDH活性をほとんど示さないこと,およびフォルマリン固定によりP-細胞に非酵素的なNitro-BT還元が著明にあらわれることは,P-細胞の細胞化学的特異性の一面を示すものであろう.