| JaLCDOI | 10.18926/53059 |
|---|---|
| Title Alternative | Banzan KUMAZAWA's Interpretation of “ 神(Shin)” |
| FullText URL | hss_038_(001)_(012).pdf |
| Author | Sun, Luyi| |
| Publication Title | 岡山大学大学院社会文化科学研究科紀要 |
| Published Date | 2014-11-26 |
| Volume | volume38 |
| Start Page | (1) |
| End Page | (12) |
| ISSN | 1881-1671 |
| language | Japanese |
| Copyright Holders | Copyright © 2014 岡山大学大学院社会文化科学研究科 |
| File Version | publisher |
| NAID | 120005526636 |
| JaLCDOI | 10.18926/52197 |
|---|---|
| Title Alternative | Interpretation for the " 神道(Shinto)" of Banzan Kumazawa |
| FullText URL | bhe_009_135_146.pdf |
| Author | Sun, Luyi| |
| Abstract | 熊沢蕃山の思想を、朱子学または陽明学と比較しつつできるだけ深く掘り下げて解明することを試みる。本稿では、その本体論と生成論について考察する。 太虚と太極の両概念を用いるところにその本体論の特徴が見られる。気だけを本体とする本体論、或いは理だけを本体とする本体論では、思索が厳密になればなるほどその理論の行き詰まりが露呈する、ということに気付いた蕃山は、理と気の両方を本体とする必要があると考えた、と推察される。蕃山のいう太虚と太極は、両方とも理と気であるが、太虚は気に重きを置き、太極は理に重きを置く、という思想的な操作を通してその本体論に 用いたと思われる。 蕃山にあっては、「五行説」と「四象四化説」の二種類の生成論が見られる。「五行説」とは、陰陽の二気と木火土金水の五行が天地万物を生成する生成論であるが、陰陽の気はどのように生じたのかが常に問題となっていた当時、蕃山は、太虚の理が感じるものだとし、理が感じることによって陰陽を生じたとして、理は神だと認識した。そして、太虚は永遠に存続する万物の根源として神道だと解釈された。 「四象四化説」とは、日月星辰の四象と水火土石の四化が天地万物を生成する生成論である。日月星辰は天であり、水火土石は地である。万物も人間もすべて天地の気を受けて生成される存在であるが故に、天地は父母だとする。この考え方が、蕃山の独特の「孝」思想を導き出したのである。 孝の字は、老と子で構成され、老は理で、子は気であり、これは太虚を象っている、と蕃山はいう。太虚は神道であれば、孝は神道を象った字ともなるのである。 |
| Keywords | 太虚 太極 陰陽 五行 四象 四化 神道 孝 |
| Publication Title | 大学教育研究紀要 |
| Published Date | 2013-12-30 |
| Volume | volume9 |
| Start Page | 135 |
| End Page | 146 |
| ISSN | 1881-5952 |
| language | Japanese |
| File Version | publisher |
| NAID | 120005394619 |
| JaLCDOI | 10.18926/49295 |
|---|---|
| Title Alternative | “ 神(Shen)” in the Zhu Xi Philosophy |
| FullText URL | bhe_008_123_142.pdf |
| Author | Sun, Luyi| |
| Abstract | 本稿では、朱子鬼神論の、「在天の鬼神」と「在人の鬼神」及び「祭祀の鬼神」という三 つの内容について考察し検討を加えて、朱子のいう鬼神・神とは何かを探究する。 「在天の鬼神」では、鬼神に、自然現象と気の作用・働きとの二つの意味を与えつつ気の 作用・働きとする方向に収斂している。神も気の作用・働きであるが、鬼神は可視的な痕 跡を残すのに対して、神は痕跡を残さない。神は、生気・生意とされているが、物を生ず る過程または無くす過程のその両過程のどちらにおいても作用するものだから、気の聚と 散の両運動を支える力と推察される。 「在人の鬼神」では、鬼神は魂魄と言い換えられている。魂魄は、ある特定の事象を指し ていう語よりもむしろ二項対立または相対する事項を示す概念である。魂は、呼吸する気、 身体の動き、「思慮・計画」などの心の働き、などの諸義を併せ持つのであるが、これに対 して、魄には、躯体血肉、耳や目などの器官の働き、「記憶・弁別」などの心の働き、など の諸義が与えられている。魄は、体内に内在する身体活動の源としての力、つまり生命力 をも意味する。魂魄、神、精神は同義の概念とされている。 「祭祀の鬼神」では、鬼神は主に天地山川の神霊や先祖の霊魂などを指して言うものであ るが、祭祀論においては、特に人が死んで散じた気つまり散じた魂魄を指して言うもので ある。祭祀は、子孫が、祭りを行い、誠敬を尽くして、先祖の既に散じた気、つまり散じ た魂と魄を招き寄せて結合させる行為である。この魂魄は、神であって気の作用・働きで あるが、また「気の精英」と称される凝固しても形質を形成しない極めて清らかな気でもある。 |
| Keywords | 鬼神 神 魂魄 精神 造化 生気 気の精英 気 理 形而上 |
| Publication Title | 大学教育研究紀要 |
| Published Date | 2012-12-31 |
| Volume | volume8 |
| Start Page | 123 |
| End Page | 142 |
| ISSN | 1881-5952 |
| language | Japanese |
| File Version | publisher |
| NAID | 120005232352 |