熊沢蕃山の思想を、朱子学または陽明学と比較しつつできるだけ深く掘り下げて解明することを試みる。本稿では、その本体論と生成論について考察する。
太虚と太極の両概念を用いるところにその本体論の特徴が見られる。気だけを本体とする本体論、或いは理だけを本体とする本体論では、思索が厳密になればなるほどその理論の行き詰まりが露呈する、ということに気付いた蕃山は、理と気の両方を本体とする必要があると考えた、と推察される。蕃山のいう太虚と太極は、両方とも理と気であるが、太虚は気に重きを置き、太極は理に重きを置く、という思想的な操作を通してその本体論に
用いたと思われる。
蕃山にあっては、「五行説」と「四象四化説」の二種類の生成論が見られる。「五行説」とは、陰陽の二気と木火土金水の五行が天地万物を生成する生成論であるが、陰陽の気はどのように生じたのかが常に問題となっていた当時、蕃山は、太虚の理が感じるものだとし、理が感じることによって陰陽を生じたとして、理は神だと認識した。そして、太虚は永遠に存続する万物の根源として神道だと解釈された。
「四象四化説」とは、日月星辰の四象と水火土石の四化が天地万物を生成する生成論である。日月星辰は天であり、水火土石は地である。万物も人間もすべて天地の気を受けて生成される存在であるが故に、天地は父母だとする。この考え方が、蕃山の独特の「孝」思想を導き出したのである。
孝の字は、老と子で構成され、老は理で、子は気であり、これは太虚を象っている、と蕃山はいう。太虚は神道であれば、孝は神道を象った字ともなるのである。