Okayama Economic Review
Published by the Economic Association of Okayama University

Online ISSN 2433-4146
Print ISSN 0386-3069

イタリア・スイス国境地域におけるInterreg ―EU 域内・域外協力のガバナンス―

石田 聡子
抄録
EU は,域内における地域間の社会的・経済的地域格差の是正を目的とする地域政策を実施している。このEU の地域政策は,各国が個別に取り組んでいる地域政策とは異なり,共同体レベルで取り組む地域政策である。EU の地域政策を実施するための資金提供手段として,欧州地域開発基金(ERDF)・欧州社会基金(ESF)・欧州農業指導保証基金(EAGGF)などから構成される構造基金があり,EU の地域政策の対象地域は,この構造基金からの援助を受けて地域開発プログラムを実行する。構造基金からの援助には,加盟国側からの発案プロジェクトに対する援助と,欧州委員会による発案プロジェクトに対する援助(共同体イニシアチブ)の2種類がある。共同体イニシアチブでは,欧州委員会によって地域開発プログラムのガイドラインが策定され,加盟国は提示されたガイドラインにしたがってプロジェクトの提案を行う。このように,共同体イニシアチブとは共同体が主体となって取り組む地域政策である。本稿で取り上げるInterreg は,共同体イニシアチブ事業の一つであり,国境を越えた地域間協力を促進させることを目的として実施されているプログラムである。Interreg は,Interreg I(1990-1993),Interreg II(1994-1999)を経て、Interreg III(2000-2006)までが実施されている。Interreg III にはA,B,C の区分があり,III A は国境を挟んで隣接する地域間協力(cross−border cooperation),III B はIII A よりも広い範囲を対象とする域内協力(transnational cooperation),III C はヨーロッパを大きく東西南北の4つに区分した地域を対象とする域内協力(interregional cooperation)である。そのうちIII A の主な目は,EU 域内の国境を越えた協力関係を促進することで,EU 域内の統合を深化させることであるが,EU 域外諸国の国境地域との協力関係も対象としている。本稿の対象となるスイスはEU 加盟国ではないが,EU の隣接国としてInterregプログラムに参加している。スイスのInterreg への参加は,ヨーロッパへの統合および地域発展のためのスイス側の政策の一つであり,国境を越えた協力関係の強化,地域の競争力の強化を目的としている。この背景には,EUの拡大およびヨーロッパの政治的・経済的・社会的統合の深化,それに対するスイスの孤立化という状況がある。スイスは,1960年に設立された欧州自由貿易連合(EFTA)の設立当初からのメンバーであるが,EFTA 加盟国が次々にEU に加盟しEFTA を脱退した結果,現在のEFTA 加盟国は,スイス,アイスランド,ノルウェー,リヒテンシュタインの4カ国のみになっている。1994年,EFTA はEC と共に欧州経済地域(EEA)を発足させたが,スイスでは1992年に行われた国民投票によってEEA 協定の批准が否決され,EFTA 加盟国の中で唯一のEEA 不参加国となった。また,EEA 協定批准が否決された結果,EU への加盟交渉も棚上げになった。周囲をEU 加盟国に囲まれ,またEU 諸国との関係が深いスイスにとって,ヨーロッパ統合の流れから孤立することは,特に経済的な面から大い に懸念される問題である。このためスイス政府は,EU およびEEA への不参加によって被る不利益を避ける目的で,EU との間で分野別二国間協定を交渉・締結している。スイスのInterreg プログラムへの参加も対EU 政策の一つであり,特に,隣接諸国との国境地域における国境を越えた協力関係を強化することによって,国民のEU への統合に対する否定的な意識を変えようという意図を持っている。スイスの国境地域で展開されているInterreg プログラムには,(1)バーゼルを中心としたドイツ,フランス,スイス国境地域からなるオーバーライン地域,(2) ドイツ・オーストリア・スイス・リヒテンシュタインを含むアルペンライン地域,(3)フランス・スイス国境地域,そして(4)イタリア・スイス国境地域の4プログラムがある。スイスが関与するInterreg の研究としては,(1)について越境地域連携と構造を分析した伊藤(2003),八木・若森(2006),(3)についてジュラ地域とレマン地域の越境地域間協力の実態を示した清水・石田(2006)がある。これらの研究は,各地域での歴史的経緯,地理的条件,経済状況といった地域特性や,これまでの越境協力活動の経験が,国境地域での協力構造やプログラムの実施状況に影響を与えていることを明らかにしている。伊藤(2003)によれば,オーバーライン地域ではバーゼルを中心とした地域経済圏が形成されていたことから,まず民間主導で越境地域連携が組織され,国-州・県レベルといった政府レベルの地域連携へと展開していった。そしてこの地域における連携は,1990年代以降,Interreg プログラムによって発展していったことが指摘されている。この地域の越境協力ガバナンスの特徴としては,ドイツ,フランス,スイスの越境連携組織構造の間の同一性,対等性があげられるが(伊藤,2003),各国ではその運営に差異が見られ,各州の分立性が高いスイス,州政府と自治体(中心都市であるフライブルク市)が中心となっているドイツ,地方の自立性が弱く中央集権的なフランスといった特徴が反映されていることが指摘されている(八木,若森,2006)。フランス・スイス国境地域を研究した清水・石田(2006)では,地理的要因から相互の交流が乏しかったジュラ地域と歴史的にも緊密な関係が存在していたレマン地域とでは,Interreg プログラムの進展や意義に相違があり,ジュラ地域ではInterreg によって協力関係が組織されるようになったのに対し,レマン地域ではInterreg は地域協力をさらに発展させる役割を果たしていることが指摘されている。本稿では主にInterreg II プログラムの事後評価報告書(LRDP,2003b),およびInterreg III A プログラムの事前評価報告書(Region Lombardia et al.,2001),中間評価報告書(IRS,2003)に基づいて,イタリアとスイスの国境地域における地域間協力の実態を示すことにしたい。対象となる地域は,イタリアとスイスの国境地域の全域をカバーしており,フランス・スイス国境のジュラ地域と同様に,山脈が両国を隔てる自然障壁となっている。北部と南部とでは地理的・経済的特性が異なっており,さらに,東西に長く伸びた対象地域内には3つの言語圏が存在しているという複雑な状況を抱えている。同じように地域内に地理的・歴史的特性の違いを持つフランス・スイス・プログラムは2つのサブプログラムに分けられているが,イタリア・スイス・プログラムは単一のプログラムとして実施されている。以下では,イタリア・スイス間のInterreg プログラム対象地域の地理的・経済的特性を説明した上で,第3節ではInterreg II A プログラムを概観し,問題点を示す。第4節ではInterreg III A プログラムのガバナンスと資金管理の構造,Interreg 事業の現状について示す。
ISSN
03863069
NCID
AN00032897