Bulletin of Graduate School of Education, Okayama University
Published by Graduate School of Education, Okayama University

<Formerly known as>
岡山大学教育学部研究集録 (1号-137号)

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浄弁の自筆懐紙・短冊集成

稲田 利徳 岡山大学
抄録
浄弁は南北朝期に為世門の和歌四天王として、頓阿・兼好・慶運などとともに歌壇に活躍した歌僧である。しかし、その生没年や出自などが不明であるばかりでなく、現存する和歌作品も稀少である。浄弁には、信頼できる家集が存在せず、その歌は「続千載集」「続後拾遺集」「新千載集」「新拾遺集」「新後拾遺集」「新続古今集」の勅撰集や、「続現葉集」「臨永集」「藤葉集」「松花集」の私撰集の類に、数首ずつ入集するほか、「花十首寄書」「朗詠題詩歌」に散在するだけである。その歌数は、重複するものを除き、約八十首ばかり。もっとも、書陵部には、「浄弁竝慶運集」(四〇六・二四)なる孤本の写本一冊が存し、『私家集大成 中世Ⅲ』に翻刻されている。この写本の前半の四十一首が浄弁の歌とされているが、『私家集大成』の解題でも「本集の歌は既知の浄弁の歌と一致するものがなく、本集の表題や巻頭の署名以外に浄弁の集と断定し得る明徴がない。さりとて浄弁作なることを否定する積極的な根拠もないし、後述するようにかつては家集もあったというから、一応浄弁のものと認めておき、詳細な検討は将来を期したい。」(荒木尚氏執筆)とあるように、浄弁の家集であることが実証されていない。「かつて家集もあったという」とは実隆公記(文明十五年七月廿二日の条)で、打聞資料の一つとして提出された、法印浄弁詠草 依仙洞仰、所書進之詠之由、見奥書、殊勝之物也 を指しているが、書陵部本との関連は不明。この書陵部本「浄弁集」に関しては、この稿の末尾で若干言及するが、たとえ浄弁の詠草としても、たかだか四十一首で、先の八十余首と合せても、百二十余首で、稀少な和歌しか現存しないことに変わりはない。この点からみても、浄弁の自筆懐紙・短冊の集成が必要となってくるが、ここでは売立目録や古筆手鑑類の調査で知り得たものを紹介する。
ISSN
0471-4008
NCID
AN00032875